#author("2018-05-03T23:31:05+09:00","","")
#author("2018-05-17T15:22:03+09:00","","")
[[Dictionary]]

*プーチン [#v3f0969e]
|BGCOLOR(lightgrey):http://images.uncyc.org/commons/thumb/4/4e/Putin_with_a_gun.jpg/84px-Putin_with_a_gun.jpg &br;大統領は見ている|BGCOLOR(lightgrey):CENTER:''[[ロシア連邦]]保安庁(FSB)認可''&br;本項の文章と内容は、完全に正しい事実として[[ロシア連邦]]保安庁により認定されており、&br;全ての統一[[ロシア]]党員及び[[ロシア連邦]][[国民]]の閲覧が認可されています。&br;この資料を疑うことは反[[ロシア]]思想の持ち主であり、分離主義者としてポロニウムを用いた料理を食する栄誉が与えられます。|
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|BGCOLOR(whitesmoke):|BGCOLOR(whitesmoke):|c
|>|BGCOLOR(lavender):CENTER:''ノーベル賞受賞者''|
|受賞年 :|2002年|
|受賞部門 :|ノーベル殺人賞|
|受賞理由 :|モスクワ劇場占拠事件、&br;チェチェン侵攻、&br;&color(blue,yellow){[ 検閲により削除 ]};|
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CENTER:''ウラジーミル・プーチン''
|BGCOLOR(whitesmoke):|BGCOLOR(whitesmoke):|c
|>|BGCOLOR(white):CENTER:http://images.uncyc.org/ja/thumb/f/f4/Putin_kakurenbo.jpg/200px-Putin_kakurenbo.jpg|
|>|BGCOLOR(lightcyan):CENTER:''基本資料''|
|本名| ウラジーミル・プーチン1世|
|通り名|新・[[ロシア]]皇帝|
|生没年|1952年10月7日~&br;身体情報=スキンヘッド|
|職業|[[政治家]]|
|好物|釣り、競馬|
|嫌物|カルト教団|
|出身地|[[ソビエト連邦]]・レニングラード|
|出没場所|広い[[ロシア]]のどこか|
|所属|統一[[ロシア]]|
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ウラジーミル・プーチン1世は、プーチン朝[[ロシア]]帝国の皇帝(ツァーリ)である。 表向きは[[ロシア連邦]]大統領であり、2008年5月には一旦退位して上皇となったが、2012年5月に再度大統領に就任。また、[[ソ連]]時代には人気[[アイドル]]グループの歌手であり、当時の知名度が[[政治家]]としての成功に繋がった。所謂、[[ロシア]]版「タレント議員」の走りでもある。近年、[[日本]]の一部の[[ネット]]ユーザーの間でもカルト的人気を博するようになってきた。

液体金属とエージェント・スミスの[[禿]]を掛け合わせた人造[[人間]]であり、ピョートル大帝の子孫であり、それ故にローマ法王庁とは敵対関係にある。 13課から刺客を送られる事も少なくないが、今の所そのすべてを撃退している。

重度のショタコンである。男の子大好き!彼が男の子にお腹にキスをしたニュースは全米を震え上がらせた。

週刊誌の取材により、彼の本名がプーチンではなくラスプーチンであることが判明したが、その週刊誌の編集部は全員&color(yellow,red){[ [[粛清]]されました ]};。

**デビューからブレイクに至るまで [#z50eef3f]
かつてプーチンは、[[ソ連]]に存在していた伝説的[[アイドル]]グループ「KGB48」の代表的メンバーであり、東ドイツ公演で人気を博して「不動のセンター」とも評された。[[ソ連]]崩壊後、KGB48は解散を余儀なくされ、プーチンも惜しまれながらも「卒業」することとなった。「卒業」後は故郷サンクトペテルブルクに戻り、時を同じくして地元のモデル事務所にスカウトされる。しばらくの間は雌伏の日々を過ごすこととなったが、当時の事務所社長(アナトリー・サプチャーク)に見出され、事務所ナンバー1の座を得ることとなった。地元での活躍から業界内の評価も高まり、1996年には満を持して[[ロシア]]最大手の芸能事務所「オフィスRUSSIA」に移籍。KGB48の実質的な後継グループである「FSB48」のリーダーを務める。

CENTER:http://images.uncyc.org/ja/b/b7/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93.jpg
CENTER:''KGB48時代のプーチン。右はデビュー当時、左は「卒業」直前で既にカツラである。''

FSB48時代、所属事務所の代表取締役であるエリツィン社長が社内クーデターで代表の座を追われかけるという非常事態が発生。これを&color(red,lightpink){[ アーン?? ]};な手練手管を用いて未然に防ぎ切ったプーチンは、その功績が評価されてエリツィン社長と半ば公然の愛人関係となる。短い愛人期間を経て社長の公式なパートナーとなったプーチンは、事務所からの独立を画策する子会社「スタジオCHE2N」を強引とも思える手法で吸収合併。業界内に激震が走った。しかし、これを期にエリツィン社長からオフィスRUSSIAの代表権を禅譲され、期せずして一介の[[アイドル]]歌手が[[ロシア]]芸能界の領袖へと成り上がった。

2000年に行われた株主総会「オフィスRUSSIA選抜総選挙~ツァーリに誓ってガチです。~」でも圧倒的な人気を集めて過半数を得票。名実ともに[[ロシア]]芸能界のトップに躍り立つ。

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CENTER:''プーチン1号・愉快な大統領''

**ブレイク後 [#cd34ea71]
ところで、ブレイクと前後して新興モデル事務所「才リ力゙ノレ匕(Oligarkhi)」との関係悪化が表面化する。才リ力゙ノレ匕は所属タレントに枕営業を行わせることで頭角を現してきたモデル事務所であり、エリツィン社長に対しても積極的な営業攻勢をかけて良好な関係を築いていた。しかし、[[女性]]モデル専門の事務所であったことから、U-15[[男性]]タレントにしか興味がないプーチンとは馬が合わず、結果として完膚なきまでに叩き潰されることとなる。新興とはいえ、無視できない権勢を誇っていた才リ力゙ノレ匕の没落は、関係者の間にエリツィン時代の終焉とプーチン体制の幕開けを痛感させた。

2004年の総会「オフィスRUSSIA選抜総選挙~カラシニコフに誓ってガチです。~」は事実上の信任投票とも言われ、実に全投票数の7割を越える得票率でトップ当選を果たした。翌年にはKGB48時代にファンから貰ったクマのぬいぐるみ(名称・メドヴェージェフ)を自身の後継者として意識し始め、同年11月には数年ぶりの新曲『チャンスの順番』を発表。業界内では終身現役説が当然視されていたため、新曲の引退宣言とも受け取れる歌詞に一同騒然となった。

CENTER:http://images.uncyc.org/commons/0/06/Putin-power.jpg
CENTER:''プーチン2号・柔道は苦手''

定款において代表取締役の留任期限が2期8年と決められていたため、プーチンは2008年の株主総会「オフィスRUSSIA選抜総選挙~今年もガチです。~」には出馬せず、株主投票券付きの音楽CDを5,000枚も大人買いしてメドベージェフに投票。同氏の大勝に貢献した。この際、自身が名誉会長を務める公認ファンクラブ「統一☆RUSSIA」においてメドベージェフへ投票するよう勧告していることから、「実質的に出来レースだったのではないか」という疑惑も囁かれた。

2008年以降、自ら取締役兼最高顧問の地位に身を引いたプーチンだが、2012年の株主総会に出馬することを明言しており、再ブレイクが期待されている。一方、反プーチンの姿勢を取り始めた現社長(メドベージェフ)は、2012年以降に物理的な意味でブレイクしてしまうかもしれない。ポロニウム的な方向で。

そしてむかえた2012年株主総会「オフィスRUSSIA選抜総選挙~ウォトカ呑んでるけどガチです。~」。プーチンは対立候補を下し、無事センターの地位を回復する。この時の選挙では票の操作が疑われ、[[アンチ]]から激しいバッシングを受けることになった。プーチンは涙を流しながら票の操作があったことを認め、頭を丸めることを宣言する。しかし、選挙の再実施は認めず、丸める髪が無いためその話もうやむやのまま終わってしまった。

CENTER:http://images.uncyc.org/commons/7/74/Putin_jako_DJ.jpg
CENTER:''プーチン3号・陰鬱なDJ''

またこの選挙の直後、他のFSB48メンバーを説得して、代表取締役の留任期限を決めた定款を改正、2期8年を2期12年と定めた。 これにより、オフィスRUSSIA内のプーチンの地位はさらに盤石なものになった。

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CENTER:''プーチン4号・ブッシュ大統領とは××な関係''

**ノストラダムスの予言 [#xecaa33f]
プーチン1世は1999年8月9日、当時のエリツィン大統領により第一副首相、16日には首相に指名される(その後大統領選に出馬→当選)。これを予言したのがかのノストラダムスだった。彼はこう記している。

'''L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois, (1999年7の月)'''

'''Du ciel Viendra un grand Roi d'effrayeur,(空から恐怖の大王が来るだろう)'''

'''Resusciter le grand Roi d'Angolmois, (アンゴルモアの大王を蘇らせ)'''

'''Avant apres, Mars regner per bon heur. (その前後、火星は首尾よく支配する)'''

'''ミシェル・ノストラダムス師の予言集(百詩篇) 10巻72番'''

この空から来た「恐怖の大王」というのが、「プーチン」を示唆するものであることはあまりに有名である。

「アンゴルモアの大王」はフランスのアングモア地方出身の国王のことを指し、すなわちノストラダムスの青年時代に同国の王となっていたフランソワ1世であるとされる。彼はイスラム教徒と同盟関係になるなど[[キリスト]]教徒からは恐れられていた人物であり、プーチンの就任はフランソワ1世の再来を思わせる恐るべき出来事であることを、ノストラダムスは見通していたといえる。
「アンゴルモアの大王」は[[フランス]]のアングモア地方出身の国王のことを指し、すなわちノストラダムスの青年時代に同国の王となっていたフランソワ1世であるとされる。彼はイスラム教徒と同盟関係になるなど[[キリスト]]教徒からは恐れられていた人物であり、プーチンの就任はフランソワ1世の再来を思わせる恐るべき出来事であることを、ノストラダムスは見通していたといえる。

「火星」はその象徴である軍神マルスが示しているように[[ロシア]]の武力であり、チェチェンなどの独立運動を武力でうまく潰したこと、それにプーチン1世が[[国民]]から現在に至るまで支持を集めていることを指しているといえる。

なお副首相に任命された8月9日は、ノストラダムスの時代の暦であるユリウス暦では7月28日になる。まさに「7の月」の終わりである。

**影武者の開発 [#j43089f5]
その後大統領となったプーチン1世だが、その能力ゆえに敵対勢力から頻繁に暗殺者を送り込まれており、それに加えてしばしばローマ法王庁からも刺客が派遣される始末だった。

プーチン1世はその全てを自慢の柔道とサンボで返り討ちにしてきたが、プーチン1世の「一人の時間が欲しい」という言葉によって影武者が立てられることになった。ちなみに[[日本]]での影武者は某[[エロ本]]製作チームのボーカル、岡野昭仁である。

しかし、[[人間]]の影武者では、姿は似せられてもプーチンが常に発している独特の殺気を再現する事ができなかった。

[[粛清]]を恐れた担当者は、影武者として精巧なアンドロイドを開発する事を考えた。その結果、肉親にも区別が付かないほど本人に似た影武者=アンドロイドが開発されたのである。影武者の体は流体金属で出来ており、ほとんどの攻撃は無効化してしまう。

CENTER:http://images.uncyc.org/ja/d/d4/%E6%98%AD%E4%BB%81%2B%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98.jpg
CENTER:''影武者の岡野昭仁''

**再び首相へ [#h6573986]
大統領を2008年5月7日付けで退任したが、新しく[[ロシア]]の帝王にドミトリー・メドヴェージェフが就任し、そしてプーチン本人が指名された。メドヴェージェフ政権でも、プーチンが「上皇」として君臨する専制支配を築き上げたのだ。

北京オリンピックにはメドヴェージェフではなく、プーチンが出席した。実は出発前にどっちが国内を治めるかコイントスをしており、これにメドヴェージェフは負けて、プーチンが[[中国]]へ渡航したのだ。

しかしその最中、グルジアの南オセチア自治州がグルジアの大統領の傲慢な態度がいやで独立[[ロシア]]編入を求め、これに対しメドヴェージェフは攻撃命令を発令、[[ロシア]]軍がグルジアのあちらこちらを攻撃し、グルジアを壊滅寸前までに追い詰めた。

これにグルジアの大統領は「断交だ!」と言って国交が打ち切られちゃったんだってさ!おしまい。

CENTER:http://images.uncyc.org/ja/f/f1/Kintaro_Putin.PNG
CENTER:''2008年現在の[[ロシア]]政治の風刺イメージ''

**また再び大統領に [#eb29e8b2]
首相に就任してきっかり4年後の2012年5月7日、再び大統領職に返り咲いた。就任直後、議会に圧力をかけ、憲法を改正。大統領職の任期を従来の4年から6年に延長した。これにより、氏は最大で2024年まで大統領の座にとどまることができる。というか、確実にとどまる。

**発言 [#n918e8f2]
-「私ならば放射性物質を使うような回りくどい真似はしない。すぐに殺(や)る」(元[[ロシア]]情報機関員・リトビネンコ氏の暗殺関与疑惑に対して)
-「([[テロリスト]]が)たとえ[[便所>トイレ]]に逃げ込んでも必ず息の根を止めてやる」(チェチェン紛争時の武装勢力に関して)
-「彼らには『医者』を送る必要がある」また「汚職をするような奴は中世のように手を切り落してしまえばいい」(汚職が相次ぐ財閥関係者に関して、後者は[[役人]]の汚職関連にたいして)
-「折った腕はどうした? 車の中に置いてあるのか?」([[KGB]]時代、[[テロリスト]]に同情的な[[役人]]の腕を折ったという部下の報告を受けて)
-「皆殺しだ」(イラクにて[[ロシア]]の外交官が拉致・殺害された事件の際に、犯行に及んだテロ組織に対する処置についての簡潔な声明)
-「兄弟たち」と呼び、「バイクは自由の象徴だ」と発言。(ウクライナでの世紀初覇者としてバイク?にまたがりヒャッハーな集団に対して)
-「非常に興味深いことに、君はメモを読んでいたようだな。そのメモを読ませた連中に伝えたまえ。そういうことは家族に別れのキスをした後でするものだと」(北方領土返還交渉に関し、不愉快な質問をした[[日本]]のテレビ局の記者に対して)

**でもあふれる[[人間]]味 [#a63bd60d]
-2012年の大統領選挙は、上記のような有利な環境ではあったもののかなり苦しい戦いを迫られた。勝利を勝ち取ることはできたものの、式典の場では不覚にも[[男]]泣きの姿を全世界に披露することに。これはかえって彼の[[人間]]味を世界中に印象付けることとなった。
-2013年、妻リュドミラとの[[離婚]]を発表する記者会見の場においては、「これは二人のための最良の選択なのです」と微笑をたたえて気丈に語るリュドミラの傍らで、泣きそうな表情で佇む姿が披露された。彼の家族への愛情と寂しさが隠すところなく現れたものとなった。

これらのエピソードは、彼の[[人間]]味を印象付け、彼への理解を更に増すものとなった。

**プーチンの能力 [#o24567f2]
-デスノート プーチン大統領が所持している秘宝。このノートに名前を書かれた人物は体内にポロニウム(放射性物質)が生成され自然死するという。アレクサンドル・リトビネンコ氏の例が有名である。リトビネンコはつるふさの法則を利用して政権を奪い取ろうとしたが、この秘宝によってクーデターは阻止された。
-ガスピタン 非友好的な[[国]]に対して天然ガスの供給をストップさせて値を吊り上げる、もしくは[[経済]]を破綻させることが出来る。2014年3月現在発動中
-ホットスポット プーチンの視線が露軍のレーダーに反応してしまうほど彼の視線は熱いのだ。就任中は特に警戒されていた。
-慈愛の一刺し(ラブ・ショット) 首筋に不思議な液体を注入し、相手を深い眠りに誘う。
-パリツ コナン・ドイルの文献に登場する東洋の奇妙な武術。プーチンは身長が&color(blue,yellow){[ 検閲により削除 ]};しかないが、この武術のおかげで体格差をものともせず、相手を投げ・払い・絞め落とす事ができる。

**プーチンについての逸話 [#sf35b9af]
-一度加減をせず思い切りくしゃみをして爆発した事があるが、これが後の宇宙の始まり、 ビッグバンである
-いつも店先のトランペットを物欲しそうに眺める少年にトカレフを買ってあげたことがある
-「チッ」と舌打ちしただけで、反対派が5人くらい[[死亡]]
-もちろんイチローと何か関係があるのではないかといわれている。
-プーチンが立てるスレは伸びる、スレ立てただけでイチローのように鯖を飛ばすことも。
-「今から交渉に行く」(これだけで相手国首相が泣いて謝ることが確認されている、発作を起こす高官も)

**関連項目 [#i28e5c3a]
-プーチンプリン
-ローマ教皇
-[[ジョージ・W・ブッシュ]]
-[[ウラジーミル・レーニン]]
-[[ヨシフ・スターリン]]
-ミハイル・ゴルバチョフ
-グリゴリー・ラスプーチン
-ドミトリー・メドヴェージェフ
-ピーター・バラカン
-ヴィタリー・ペトロフ
-国連無双

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