Dictionary

ライブドア

http://dic.nicovideo.jp/oekaki/354724.png

ライブドアとは、

1.について

1999年に設立され、当時接続料などの料金が必要であったISP事業に無料を謳って参画して話題となった。ただし使用するブラウザーは専用のもので、画面にはバナー広告が常に表示されるものであった。つまり広告料を以て接続料分をまかなっていた。2000年には泉谷しげる、ヒロミ、神田うのをCMに起用して大々的に宣伝した。

しかし、広告の契約数が足りず赤字を出し続け、さらにはADSLや光ファイバーによる常時接続が普及することで従量課金の電話線接続が減少するめどがでたため、民事再生法を適用して倒産した。

2.について

1996年に、堀江貴文らがベンチャー企業「オン・ザ・エッヂ」を設立、Webサイト制作や有料メールマガジンの配布、バー広告、データセンターなどで事業を伸ばしていった。

2000年にマザーズへ上場すると、Eコマースを中心とした金融事業に進出、これが後の買収事件、証券取引法違反事件の引き金となる。この金融事業でさらに業績を伸ばすと、他の業種の買収へと取りかかっていく。

2002年に旧ライブドアより事業と商標を譲り受け、2004年にライブドアと改称した。このころより、プロ野球の新球団設立に名乗りを挙げたり、ニッポン放送の株を買い占めて敵対的買収をはかるなど、表舞台で目立つようになった。

2006年に、証券取引法違反により堀江貴文逮捕され(後述のライブドア事件を参照)、後任には弥生株式会社の社長であった平松庚三が就任した。

翌年には持株会社(ライブドアホールディングス→LDH)となり、NHNへの事業売却後に清算手続きに入った。

3.4.について

本社は、東京都新宿区西新宿に所在する。代表取締役社長は出澤剛。2007年4月2日に「株式会社ライブドアホールディングス」(現 LDH)へ商号変更。また、ポータルサイト事業などを分社化し、新たに「株式会社ライブドア」を設立した。

2010年、韓国企業「NHN」の日本法人である「NHN Japan」がライブドアの買収を発表し、これによりライブドアのサービスや系列企業はNHNの傘下に入ることとなる。

2012年現在、ライブドアは「株式会社データホテル」に社名変更しているためすでに会社としては存在していないが、「ライブドアのブランドやサービスは引き続き使っていく(NHN)」とのことで、ライブドアが運営管理してきたサービスは今も健在である。

特徴的なサービスはいくつかあるが、代表的なのは「livedoor Blog」と「livedoor したらば掲示板」であろう。

ブログは日本国内では2番目にユーザー数が多く、有名人も多い(1位はFC2)。

したらば掲示板も、2ちゃんねると同等の機能を持つレンタル掲示板としてユーザー数、人気共に高い。

主なサービス

livedoor Blog

ライブドアの主力サービスの1つで、ランキングは2chまとめブログが独占状態。元社長だったホリエモンブログは、逮捕後に「livedoor社長日記」から「堀江貴文日記」に名前が変わり、最終的には削除されているが、今はTwitterのツイートがまとめられたブログが作られている。あとAV女優が多い。

したらば掲示板

2ちゃんねるライクな掲示板。一企業が運営している掲示板なので、誹謗中傷などは管理人が削除していなくてもライブドア側が対応することもあるらしい。

ロケタッチ

Foursquareのパクリと同じソーシャルネットワーキングサービス。小さなサービスだったが2012年1月末にはライブドアの主力コンテンツだったlivedoor グルメを吸収するまでに成長。

livedoor ニュース

Yahoo!ニュースと比べるとエロい。傘下にBLOGOSという硬派なサイトがあり、ニコ動にもチャンネルを開設している。

Cure

日本最大級のコスプレコミュニティサイト。ニコファーレでイベントを開催した事がある。

livedoor Reader

RSSリーダー。競合が少ないのでよくGoogle リーダーと比較される。「Page2Feed API」という別サービスを経由すればRSSフィードがないサイトも登録可能。

2014年10月にサービスの終了を発表したが運営をdwangoが引き継ぎ、2014年12月よりLiveDwangoReaderとして再スタートしている。

その他のサービスはこちらを参照。

ライブドア事件とライブドア・ショック

同社を語る上で欠かせない一連の事件のこと。ここでは大体の内容を簡略に記す。

ライブドア初代社長・堀江貴文ホリエモン)は非常に野心的な性格をしており、その性格は旧ライブドア社から営業権を譲り受けた後に拡大することになる。事件前のライブドア社は飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長しており、近鉄バファローズを買収しようとしたり、ニッポン放送(=フジテレビ)の株式を取得して実質的に買収しようとしたり、故郷・福岡の議員(自民・公明)として選挙に立候補したりと色々精力的な活動を行っていた。

この行為をして、厚顔無恥と言わんばかりに財界や政界など八方に手を出すホリエモンの躍進に脅威を抱く者が少なくなかったという。

2005年、日経平均株価の回復が日本経済の回復ともみなされていた頃、ホリエモンソニー社までも買収しようと策動していた。しかしその頃、東京地検特捜部はホリエモンの「しっぽ」を掴むのに躍起になっていた。この頃に行われたリストラにより不満を持っていた者からの情報提供もあり、ついに2006年1月16日にライブドア本社及び堀江貴文自宅に家宅捜査が行われた。罪状は証券取引法違反(偽計、風説の流布)であった(余談だがこの後各メディア2chなどのネット上で「風説の流布」が流行語になった)。

この一連の騒ぎを株主が知らないわけがなく、翌17日には大量のライブドア(及び関係各社)の株売り注文が殺到し、さらにライブドアが発行した代用有価証券の掛目(つまり証券の担保価値の割合)を引き下げるとの説が流布されるに至り、狼狽売りや思惑売り、信用手仕舞い売りなどが乱発し、株式市場は大幅な、あまりにも大幅な下落を見せた。ライブドア株価は3日続けてストップ安を記録し、約定件数も連日390万超と東証のシステム的な限界(400万件)に迫らんばかりの綱渡りを強いられた。

最終的に、事件直前は700円超であったライブドアの株価は4月の上場廃止の頃には90円台まで値下がっていた。

当然これで泥をかぶらない人間がいないはずがなかった。ライブドア社は株価総額を上げるために、通常数百株単位で販売される株券を1株から売り出していた。そのため、この時代の日本の個人投資家の多くは多かれ少なかれ"ネットの寵児"ライブドアの株に手を出していたが、その多くが強制捜査に至って文字通り狼狽し、ライブドア株を売り払おうと躍起になったのも不幸だった(1株売りも1件のため)。

これに乗り遅れ、投資家恐怖の「追加保証金」を請求された者も少なくなく、この事件に乗り遅れて途方もない追証金(個人で1000万超の追証を請求された者も…)を負わされた株主は生死も定かならない領域、つまり樹海に行く羽目になった。

かつて日本経済回復とネットビジネスの象徴とも見られていたライブドアが、わずか3日で大量の不幸な人間を生み出したこの一連の騒動は、経済事件の例によってニクソン・ショックをもじった「ライブドア・ショック」と呼ばれるようになったのである。

コピペブログの総元締め

ニュース速報板の移転騒動の発端となった第二次ブログ連戦争の際、ライブドアがコピペブログの総元締めであることが明らかになった。

2009年に痛いニュース、ハムスター速報、はちま起稿、ゲーム速報@刃など、数多くのアフィブロガーをイベントなどでライブドアブログに集めて契約を結び、傘下のブロガーに企業の希望する商品の記事を書かせていた。

詳しくはこちらを参照

外部リンク

関連項目

脚注


トップ   編集 凍結解除 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2018-05-10 (木) 17:49:38 (1735d)